No.01 あの日

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それは、たった一つの封筒から始まった。 『貴方様へ、とても良いお知らせがあります』 夏の残暑がまだ残る9月の朝のことだった。 北川和人は、郵便受けの中から一通の不可思議な封筒を手に取った。 「…ん?…なんだこれ…?」 新手のセールスなのか、勧誘なのか、それはなんとも胡散臭い封筒だった。 (まったく…セールスお断りって郵便受けにシール貼ってるのに、何も見ずにポスティングしやがって…) 心の中で毒づきながらも、渋々朝刊と一緒に持ち自宅に戻った。 『貴方はこの国の国民の中から、厳正なる審査の上で選ばれた中の一人です』 (ああ…これって、返送とかしたら変に金銭とか騙し取られるやつかな?そんなの考えている時間なんてない。とりあえず、仕事に行かなきゃ…。) 朝の忙しい時間にこの封筒のせいで、気が散るのは勘弁してほしいとばかりに、和人は封筒をリビングのテーブルに投げ落として、ネクタイを締め直した。 朝の通勤ラッシュ、いったいあと何十年こんな朝を迎えないといけないんだろう。 最近になって毎朝のように、つり革に掴まりながら思う。 今の会社に入社して、今年で5年目。若手と言ってしまえば若手、だが部下の教育と上司のフォロー、そして徐々に次の段階へステップアップしなければいけないという見えないプレッシャー。 俺より大変な奴は、ザラにいる。寧ろ俺は恵まれている方じゃないか。給料もそこそこだし、人並みに休みだって貰えてる。だからこそ、今コケちゃいけない時。もう少し、もう少しだ。 そんな言葉で自分で自分を奮い立たせる毎日…。これでも、自分にとっては精一杯の励ましだ。 そんな事を、目の前に映った週刊誌の広告をずっと見つめながら思っていると、あっという間にいつもの駅に着いた。 すいません、すいませんと謝りながら出口へ向かう。最初は、無駄に謝りすぎな気がしてはいたが、今となってはこれは謝っているんじゃなくて、通りますって言っているんだって思うようになった。 慣れってつくづく怖い。ぶつからないように目の前から歩いてきた人を避けるように、周りに不快感を与えないように必死に自らを小さく低く見せて生きている。 それに比べて、不良って奴は堂々としていて、変に憧れを持ってしまう時があった。
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