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火が迫り、辺りに火の粉が舞いました。
シロがキャンキャン鳴いて、前脚で自分の片目を掻きました。火の粉が目に入ったのでしょう。
勉君は、シロを抱き寄せて、痛がる目を、舐めてあげました。それから、
「シロ、行け」
と言いました。
炎は勉君のすぐ後ろにまで来ています。シロ、行け、と何度言われても、シロは、勉君を引っ張ろうとします。
勉君は、両腕を振りまわして、シロを突き飛ばし、寄ってくるシロを叩いて押しのけました。
「シロ、行け、来るな、行け」
叫ぶ声が、炎の逆巻く轟音にかき消されます。
ガレキに埋もれた私の周りも、煙が流れて熱くなってきました。
私は、うつ伏せて動かなくなった勉君を見ながら、皆焼け死ぬのだなと諦めて、そのまま意識が遠くなっていきました。
翌朝、私はガレキの下から助け出されました。
大火災で突風が生じて、風向きが変わり、私の家は焼け残ったのでした。
勉君の一家は、家屋も焼けて、全滅しました。
ええ、知っています。
先週、お隣りの家の玄関先で、野良犬が一匹死んでいましたね。
保健所に死骸を引き取ってもらっていましたが、老衰だったそうです。
はい、ちょうど、勉君が亡くなった場所でした。
シロは最期に、勉君と別れた場所に、帰ってきたのです。
(了)
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