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冷気にひいていく汗がおいつかないみたいに先生は身震いしたけれど、とりあえずは笑顔で言った。
「この部屋だけ冬だねえ、寒くないの」
氷月はこたえず部屋に戻る。
ひろく、なにもない部屋だった。
清潔で、雨の匂いがした。
悲しみとあきらめで構成された、うつくしい匣だった。
僕は先生の手でベランダにつづく窓のそばに注意深く降ろされた。
見下ろすとオレンジいろの街はグレーへと移行しつつあり、オレンジの深さに比例するようにして、一段ずつ深く暗い底辺へと堕ちていくように感じられた。
「氷月。植物も猫や犬を飼うのと一緒だよ。生き物だからね。きちんと毎日世話して話しかけてやれば反応する。時にはわかりやすすぎるくらいにね。もしかしたら私なんかより、ずっと君の支えになるかもしれない」
氷月はなにもこたえず、ゆっくりと僕に視線を移した。
僕はたじろぐ。
この、赤ん坊のような老人のような瞳で見つめられると、本当に落ち着かなくなってしまう。
先生はふと笑って、
「大事にしてやってくれよ。なにしろあいつは私に似て、気弱ないいやつなんだから」
僕は冷めた気持ちで聞いていた。
完璧に拗ねていた。
どうせ守られることのない約束なんて意味ない、紙くずみたいにまるめてゴミ箱いきだ。
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