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「なんだか痩せてしまったなぁ。君は、いつでもなんでもひとりでがまんしてしまう。もっとわがままになったっていいのに」
先生は腕に氷月を抱いたまま、困ったように言う。
そりゃあ恋する男のかいかぶりでしょう!
と思わずツッコミかけた僕は、氷月の横顔に流れてもいない涙が見えた気がしてひるんだ。
「この、頼りない胸でよかったらいつでも貸してあげるから、泣くなり眠るなり、なんならサンドバッグがわりになぐったって、すきにしていいよ」
先生はおどけるように言って、悲愴な決意の顔をしてみせた。
氷月は笑って先生の胸をぽこぽこなぐり、
「寝る」と言って顔を埋めた。
氷月の頭を硝子細工をあつかうように怖々と撫でていた先生の手は、いつのまにか包みこむように確かだ。
僕は不満だった。
おおいに不満だった。
先生が氷月に夢中なのも、氷月がわがままそうなことも、なにより僕がただの口実に成り下がっていることが気に入らなかった。
だってばかみたいじゃないか。
どうせ僕はまたもう一度あのつめたい立場に戻り、忘れられていくのだろうに。
というか、何日で枯らされるか、スピード記録が狙えるんじゃなかろうか。
ふてくされる僕の頭上には淋しげな薄月がかかり、いつのまにか夜が世界を覆いつくした。
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