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III
ところで、僕は信じられないくらいに大切にされている。
すこし寒いことだけが難点だけれど、実際のところ、氷月の部屋は先生の研究室と同じくらい居心地がいい。
守られそうもなく思えた約束は果たされていた。
きちんと世話もしてくれたし、おざなりでない愛情も感じることができた。
冷気の部屋の住人は幸福そうではなかったけれど、愛からまるで遠い存在でもなかった。
笑うかもしれないけれど、なんというか…氷月は僕をほんとうに必要としていた気がする。
気まぐれなんかじゃなく、口実でもなく、僕自身をほんとうに欲しがってくれたような…。
僕の毎日は驚きの連続だ。
あの雨音のなか、感情などどこか置き忘れてきてしまったように存在していた氷月だったのに、一緒に暮らしはじめるとまるで違っていた。
なぞめいておそろしいようにも見えた女は、不安で自信がなくて壊れやすい少女にすぎなかった。
わかってみれば単純なことで、黒衣は養父が亡くなって間もないからだし、多少エキセントリックな言動や人前でうまく感情が表せないのは、「複雑な家庭環境」とかいうやつのせいらしかった。
僕の前で、彼女は些細なことで笑ったり怒ったり、激しく泣いたりした。
僕を、ひどく愛した。
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