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氷月は僕に向かい、たくさんの話をする。
最初は遠慮がちに日々のできごとを、日を追って彼女の言葉は増殖しつづけ、まるで証拠に残らない日記のように僕のなかに蓄積していった。
そうしてきっと誰にも話せないであろうこと、話したっていいけど同情されるか好奇心を持たれるかとにかく特別視されるようなこと、までも話すようになった。
つまりは、閉じられた過去。
父親は最初からいない。
誰かなんてことも知らされなかった。
母が娘を遺してこの世を去ったのは六つの時で、思い出などごく僅かだ。
それからの十数年を氷月は変わり者の作家とともにふたりきりで暮らしてきた。
母の兄だったその作家は、父親らしいことをしてくれるわけではなかったけれど、氷月を捨てたりひとに預けたりもせずにそばにおいた。
今年の春、氷月は大学に入ると同時に養父のもとをはなれてひとりで暮らしはじめ、先生と出会った。
まもなく、作家は自ら命を絶った。
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