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しばらく僕は彼女の存在すら知らずにいた。
だいたい先生は妻とも教え子ともうまくやる、というようなタイプではないんだ。
気がよわくて、あたたかくて、善良の人だ。
はじめて僕のまえに氷月が現れたのは雨降りの月曜日で、研究室に移動してから一ヶ月ほどが経っていた。
講義もなく、僕と先生と雨の匂いしかない午後だった。
ちょうど先生は新しい論文に夢中だったし、僕は僕で、窓枠を這う蝸牛のゆるゆるとした足どりに集中していた。
静かにドアが開き、
「先生」
彼女は言った。
頭から靴先まで全身黒ずくめで、表情のとぼしい顔と長い手足の透きとおるように白い肌だけが浮き上がって、ひっそりと静かなうつくしさで胸にしのびこんだ。
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