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ちょうどコーヒーのおかわりを注いでいた先生の顔がかたまり、コーヒーがたらたらと床を流れ、続いてコーヒーカップが鈍い音をたてて転がった。
まるで幽霊でも見るように先生はぼうっと彼女を見つめ、微かな雨音だけが沈黙を埋めた。
彼女は直線的な黒髪にふちどられたちいさな顔を傾けると、うすい笑みを浮かべた。
なにもかもが幸福のなまぬるい部屋にあって、氷月の周辺だけが冬のはりつめた空気だった。
やがて先生はゆっくりと彼女から視線をはずし、床のコーヒーの渦に気づくと情けない顔になって「まいったな」とぎこちなく笑った。
床のコーヒーを慌てて拭きながら、背中で訊ねる。
「今日までどうしてたの?」
からかうような声がこたえる。
「手首切ってたりして、とか考えた?」
「え…」
「このまま死んでしまえたらどんなに楽だったか」
先生の動きが止まり、ふっと氷月は微笑んだ。
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