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氷月は言った。
「私、べつにそんなに悲しくもないんです。死んでしまったからって不幸とも限らないし、今生きている私に幸福があるのかと言えばそうでもないし。それに父といっても、本当の父親じゃなくて。少しはショックだったけど、それよりも手続きの煩雑が憂鬱なだけで」
先生の驚いた顔を見ながら氷月は笑って、ついでみたいに軽い調子で続けた。
「そうだ、じゃあ、この鉢植えが欲しい」
彼女はにこにこしながらも、つよい口調で「これ、ください」と言った。
僕はあっけにとられ、先生はうつむいて雑巾をつよく握りしめた。
「私は…君のことを何も知らない。君はいつも何も話してくれない。私を頼ろうとはしてくれない。こんな状況じゃ、こんな私だから、当然なのかもしれないけれど」
彼女は表情を変えず、瞳さえ動かさなかった。
ただ僕だけをじっと見つめ、本当はぼくの向こうに何かを見つめ、底のない瞳は仄暗い湖だ。
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