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確かに花はほんの少し三郎より背が低いくらいだが、源三は背が高い上に恰幅が良い。
「せめてもう少し地味な柄のは――」
「私、名前が花でしょう? 花柄の着物ばかり頂くの。三郎さんにはそれが似合うと思うけど、他の柄も見ますか?」
「じゃあいいです」
三郎は不機嫌に答えて戸を閉めると、浴衣を開いてため息をついた。
「なんでこんなの着なきゃなんないんだよ」
紺地に白の乱菊模様。菊の花が自分の肌の奥に眠っていることをまだ知らない三郎は、眉を顰めながら浴衣の袖に手を通した。そして娘の浴衣を着て戻ったら笑われるか嫌みを言われるだろうと覚悟して作業部屋に戻ったが、源三は三郎を頭からつま先まで眺めただけで立ち上がった。
「じゃあ俺は寝るから、好きにしろ。布団は隣の部屋に敷いてある」
源三はポンと軽く三郎の頬を叩いて行ってしまった。痛かったわけではないが不愉快だった三郎は拭うように頬をこすって剣の前に座った。
源三はちゃんと作業を進めていてくれたが、まだまだ残っている。今まで敵を倒すことしか頭になくて、剣を手入れしようなんて考えもしなかったから、こんなに傷だらけになっているとは気付かなかった。
「ごめんな……」
ぽつりと呟いて、三郎は作業を始めた。三郎はそのまま黙々と作業を続け、結局眠らずに朝を迎えた。
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