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「あの子は百合か。残念ながら肌は見ていない。長い黒髪を結い上げた礼儀正しく上品な子だ」
やはり次郎で間違いない。
「何故……」
思わず呟いたが、次郎が自分を追いかけてこちらに来てしまうことは充分考えられることだった。行くなと縋った次郎の顔を思い出しながら、あんな強引な形ではなくきちんと説得してから来るのだったと一郎が後悔していると、黙って様子を伺っていた椿が現れた。
「桜を黄龍様の国へ連れて行くのですね」
「ああ。残りの戦士が武器を手に乗り込んできた時の人質としてな」
黄龍の国は龍の世界の最も外側にある。その境界線は強固に守られているが、転送紋を使わずに龍の世界に入るとすればそこしかない。それはすなわちこの世界から最も脱出しやすい場所でもあるということだ。
「では支度をいたします。どうぞあちらでお待ちを」
黄龍は素直に部屋から出て行き、黒龍も後を追った。
椿と2人きりになると、一郎はため息をついた。
「舐められたものだな」
「聞こえますよ」
「翻訳機をつけているようには見えなかったが?」
「黄龍様は人間の言葉を理解なさっています。辺境の国の長の心得として」
黄龍には隙がない。そう伝えるように椿は静かに首を振り、一郎の体を拭き始めた。一郎はその手を止めてタオルを譲り受け、自分で身を清めながら椿に尋ねた。
「あなたはもうここの生活に馴染んで平穏に暮らしていると考えていいですか?」
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