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「桜さんもすぐに慣れるでしょう。百合さんも心配ありません」
「そういう話ではなく三郎のことです。三郎に会えたら、あなたのことを伝えてもいいですか?」
「三郎……」
椿は愛しそうに我が子の名を呟いたが、はっきりと一郎に告げた。
「三郎の父は死にました。今ここにいるのは、人間界に帰る場所などない、行っても飢えて死ぬだけの龍人です」
椿は首輪をつけていない。逃げる心配はないと見なされている証拠だ。一郎は自分につけられた黄色い輪に指を伸してみたが、触れる前に椿に止められた。
「黄龍様が外してよいとお考えになるか、黄龍様を越える強さを身につけない限り、それは外せません」
強さとは何を意味するのか尋ねようとした時、勝手に体が動き始めた。右手が服を掴み、足が歩き始め、何もない小さな部屋に辿り着いた。
「遅い」
待っていた黄龍は、不機嫌そうに呟くと指輪に刻まれた転送紋を映し出し、一郎の腕を掴んでそれをくぐり抜けた。辿りついたのは同じように何もない場所だったが、そこから一歩外へ出ると煌びやかな龍王の城とは全く違う土色の壁の部屋だった。部屋の奥に窓がある。黄龍はその窓に近付き淡い黄色の柔らかそうなカーテンを開いた。そこには砂の舞う黄色い空と濃い緑色の尖った葉を持つ木々が波打つように揺れる風景があった。
「今日は天気が悪い。晴れていれば屋上から世界の果てが見えるのだが」
「果てではなく、境界線だろう」
一郎がそう答えると、黄龍はカーテンを閉めて戻って来た。
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