第25章 やつれた男

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赤二は益々表情を曇らせて黙った。脳裏にその龍を産んだ貴人の顔が浮かんでいた。笑顔ではない。目を見開き、何か訴えようとしたまま固まっていた死に顔だ。 結婚して幸せになるはずだったのに最初の出産で命を落としてしまった愛しい人、檜扇の最期の顔が。 「妻に先立たれるのは我々の宿命だ。感謝して見送り、また新たな妻を迎える。それは男の義務だ。あの貴人をおまえの新しい妻にするんだ。いいな?」 赤龍は赤二の前に三郎を送り込んだ部屋への転送紋を描くと、その背中を押した。転送された部屋は、檜扇の部屋だった。檜扇は夫であっても自分の部屋に入れることを好まなかったので、部屋自体に思い出はないが、檜扇が残したものが数多く眠っている。赤二は部屋中のものを抱きしめたい衝動と、思い出から逃げ出したい衝動に同時に襲われて固まったが、声をかけられて我に返った。さっきの赤い髪の貴人だ。何か訴えているようだが、赤二は人間の言葉を知らないし翻訳機も付けていない。 「何言ってるのか、さっぱりわからないよ」 そう呟いても、言葉の意味を理解出来ない彼は、なお訴え続けた。赤二は近づいて身をかがめると、黙らせる為に顎をつかみ、その顔をじっと見つめ表情を読み取った。 「怒り、苛立ち、不安……だな。恐怖や飢えはなしか。なら大丈夫だな」 赤二は彼を放して使用人を呼んだ。 「この子の世話を頼む。言葉を話せないから、それも教えてやってくれ」 そう命じると、赤二は部屋を出た。赤い龍の肉をたっぷり食べた後だから普通だったら貴人に食事を与えたくて仕方なくなるはずだが、全く体が反応しない。あの貴人がタイプじゃなかったわけではないのに。 「俺の中の男はもう死んだんですよ、兄上……」 檜扇が死んだ時に抜け殻になってしまった体を引き摺って、赤二は自分の部屋に戻って行った。
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