第25章 やつれた男

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殺し合うのではなくスポーツに使う剣。どの程度の威力なのか、ためしにテーブルでも斬ってみようかと思ったが、音が出て気づかれるかもしれない。 やるなら一気だ。 三郎はボタンが並ぶ壁でも収納の壁でも龍人達が出入りする壁でもない壁を見上げた。天井付近に明かり取りの窓がある。つまりこの向こうは外だ。三郎はその壁に向かって剣を構え、大きく息を吸った。 「やあああーっ!」 思い切り振り下ろした剣は、壁を切り裂いた。左から斜め下、そこから右へ上がり元の位置まで水平に斬ると、壁を三角形にくりぬくことが出来た。 「やった!」 壁の向こうはピンク色の空だった。垂直に見下ろした壁には等間隔で窓が2つ見える。どうやらこの部屋は3階にあるらしい。天井高は当然龍人の身長に合わせてあるから地面まで10メートルはあるだろうが、壁面には手足を掛けられるような凹凸はない。 「落ちたら死ぬかな……」 しかしせっかく外が見えたのだ。諦められない。建物を囲う門のすぐ後ろに赤い谷が見える。あそこまで行けば、きっと道は開ける。 三郎が何か方法はないかと壁の穴から身を乗り出してみると、羽音が聞こえてきた。見上げるとそこには巨大なハエがいた。赤バエだ。ハエは三郎に気づくと近づいてきた。 「うわっ」 三郎は思わず部屋の奥に逃げたが、ハエは穴の前まで来ると背を向けて止まった。まるで背中に乗れと言うように。 「乗せてくれるのか?」 巨大とはいえハエだ。子供の龍より小さいし羽は薄い。三郎は、半信半疑で近づいてその背に触れてみた。意外にも絨毯のように柔らかく心地良い。龍の固い鱗の上より座り心地は良さそうだ。重さに耐えられず墜落したとしても単身で窓から飛び降りるより遙かにダメージは少ないだろう。
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