第25章 やつれた男

25/27

224人が本棚に入れています
本棚に追加
/962ページ
「この壁がクローゼット、鍵はこれだ」 赤二は左側の壁に手を入れてみせてから三郎に指輪を手渡した。それは赤二の爪を加工して作られた指輪で、指にはめれば赤い龍の鱗を配合した壁に手を入れて欲しい物を引き寄せることが出来る。 檜扇の部屋で偶然クローゼットから剣を取り出すことに成功した記憶は、当たり前の日常動作の記憶にすり替わっていたので、三郎はなんの疑問も抱かず指輪を受け取った。 「操作ボタンはこっちだ。従者を呼ぶ時にはこのボタンを押せ。こっちは俺だが、すぐに応じるのは難しい。押したままメッセージを残してくれ。後は映像や音声のリンクだ」 具体的な記憶はないがボタンを押して映像を見たことだけは覚えていた三郎はただ頷いた。 「今日はもう休め。明日支度する時間になったら従者が来る。じゃあな」 「赤二!」 三郎は、逃げるように部屋を出て行こうとした赤二を呼び止めた。 「何か……怒ってるの? 俺、目覚めない方がよかった?」 赤二と同じ赤い虹彩に黒い瞳の目を潤ませて見上げてくる顔は、警戒し襲いかかろうとする野獣のようだった三郎とはまるで別人だ。 (これじゃ死んだも同然だな) 目覚めない方が良かったかという問いは否定出来ないが、怒りがあるとすれば三郎に対してではない。赤二は首を振って三郎に近づいた。すると三郎は探るように赤二の顔を覗き込みながらそっと赤二の胸に手を伸ばしてきた。 可愛いとは思う。不憫だし、出来るだけのことはしてあげたいと思う。しかしそれだけだ。悲しい顔しか見せられない赤二は、また抱きしめて三郎の視界から逃れた。 「不安なのは仕方ない。でも大丈夫だ。明日から新しい生活が始まる。今までよりずっと長い人生が始まるんだ」 「赤二はずっと一緒にいてくれるの?」
/962ページ

最初のコメントを投稿しよう!

224人が本棚に入れています
本棚に追加