第26章 貴人の学校

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黒二の言葉と共に聞こえて来た音声に赤二が足を止めて振り返ると、目の前に剣を手にした人物の映像が映し出された。獣のような叫び声を上げながら赤い谷の生き物を斬り倒していく。赤二が映像に興味を示したのを確認すると、黒二は黙って次々と別の映像を見せた。その中で徐々に変化した人物は、最後に赤二が知っている貴人の姿になった。 「菊?」 「ああ。人間界から来たばかりの時にはこんな姿だったらしい。それがここまで成長した」 黒二は、わかりやすい様に菊の姿を並べて見せてくれた。黒龍から聞いた通りに赤い谷や灰色の沼で剣を手に暴れ回る人物は、そこだけ見ればまるで別人だが、並べて見ると確かに菊だと納得出来る。 「これが本来の彼なのですね」 「いや。今が本来あるべき姿だ。二度とこの状態に戻してはならない」 確かに餌場を荒らし龍を殺すなど正気の沙汰とは思えないし、容姿も今の方が断然美しい。それでも赤二の目には映像の中の菊の方が記憶を封印された現在の姿より輝いて見えたが、口に出さずに黙っていると黒二に念を押された。 「万が一記憶が戻っても龍や我々を攻撃しようなどと考えないように、正しい知識と愛情が必要だ。それを徹底的に叩き込め」 「ええ。兄にもそう言われました。しかし我々が彼の故郷である人間界を消滅させようとしていることを思い出したら……」 「だからそれに勝つ知識と愛情を注げと言っている」 そんなことは無理に違いないと考えていて、赤二はふと思った。 もしも彼が全てを思い出して龍を殺した戦士に戻ったら、全ての怒りを自分が受け止めればいい。殺せるものなら殺してくれてかまわない。いや、それではきっと彼はさらに絶望して狂ってしまうだろう。ならばいっそ―― 「何を考えている?」 薄ら笑いを浮かべた顔を覗き込まれて、赤二は我に返った。 「いえ。ただ覚悟を決めただけです。菊を愛し、教育してみます。では」 黒二に心を読み取られる前に、赤二は急いで転送紋に向かい赤い国へと帰って行った。
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