第28章 王の裁き

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それ以上話すことを背中で拒んで、次郎は行ってしまった。椿は彼を黙って見送ると、心配そうな顔でため息をついた。 「私のことも嫌い、か」 戦士の矢で胸を貫いて倒れていた次郎を発見したのは椿だ。弓の戦士が掌から矢を出すことは知らなかったが、龍人の世界には武器は存在しないのでそれが戦士の矢であり、まさに一矢報いて自ら命を絶とうとしたことはわかった。その命は銀龍によって救われたが、その際、愛する男の為に死ぬのが本望だというなら今までの彼を眠らせてあげようと、銀龍は次郎の記憶を無意識の奥底に沈めてしまった。そして目覚めた次郎は、自らの命と引き替えに攻撃した相手をずっと愛してきた男だと思い込んでいる。 「不憫な……」 けれど銀龍は、次郎の心の中心から追い出した男の代わりに、しっかりと彼の愛を受け止めている。全てを奪った償いに最高の食事を与え続けると椿に約束したように、次郎にも償い続けるつもりなのだろう。 次郎は器用で真面目だし、一途に尽くすタイプだ。きっといい后になる。銀龍を愛しているのに、未だに妻になることには抵抗のある椿にとっては、ありがたいことかもしれない。しかし次郎が后になれば、椿の居場所がなくなってしまう。龍人の男は、体力が許せば複数の妻を持つことが出来て最初の妻が特別ということもないが、后は違う。貴人の頂点である后はただ1人だ。銀龍は后になれなくても一生自分の面倒をみるつもりのようだが、そうはいかないだろうと椿は悩んでいた。 そんなある日、珍しく椿に来客があった。 「貴人学校の蘭先生が椿様とお話したいそうです」 「蘭先生が?」 椿は貴人学校には通わなかったが、ここに来たばかりの頃、蘭から個人指導を受けていた。 「お会いになりますか?」 「ああ……そうだね」 「では、お支度を。入ってよろしいでしょうか」
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