第32章 麗しく芳しき妻達

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命令ではなく優しく頼まれて、何が後少しなのかわからないまま四郎が黙って素直に目を閉じると、黒黄龍は四郎の記憶を最初まで辿り終えた。 「そうか。君は、心の底ではホッとしていたのだな」 「――へ?」 まだ体調が完全ではなく横たわったまま首を傾げた四郎に向かって、黒黄龍は懐かしい言葉を囁いた。 「一番になろうとしたらアカン。皆に少しずつ愛して貰うんや」 「え、なんで婆ちゃんの――」 「まだ起きるな」 黒黄龍は、飛び起きようとした四郎を制して話しやすいようにベッドを変形させて背中を少し起こしてやった。そして記憶を全て見せて貰ったと黒黄龍が告げると、四郎は叫んだ。 「全て? 俺の22年間、全て?」 「最初の数年は何も覚えていないし、その後も全て記憶に残っているわけではないだろう。睡眠時間もあるしな」 「そりゃそうですけど……えっと俺、3年くらい寝てました?」 「半日位だ」 「半日? 俺の人生、半日……」 ただしこの世界の1日の長さは人間界より長いので、人間界に換算すれば15時間位だ。ちなみに月という単位はなく、王都の特別な果樹が芽吹いて花開き実を結び収穫され休眠する一連のサイクルを1年と数え萌芽、開花、結実、休眠に4分割するのが龍人界の暦で、1年の日数自体は人間界とほぼ同じだということは、青い国にいた時に既に聞いていた。 「本を一冊書くのと速読するのでは掛かる時間が全く違うと言えば納得するか?」
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