第32章 麗しく芳しき妻達

15/48
前へ
/962ページ
次へ
「え? ああ……はあ……」 そう言われてもまだ信じられない気がしたが、少し落ち着いた四郎に、黒黄龍は話を続けた。 「君は一般的な形とは違う家庭で育てられたのだな」 そう。四郎には両親がいない。もちろん産んだ女と妊娠させた男はいるが、彼等はどちらも四郎の親にはならず、四郎の戸籍上の両親は父方の祖父母だ。 四郎の実の父は無類の女好きで、血を拡散しないように決められた女としか交わってはいけないという掟を守らず、許嫁だった実の母に愛想を尽かされてしまったのだが、その時既に彼女は四郎を身ごもっていた。堕ろしたいという彼女と彼女の両親を四郎の祖父母が子供は自分達が引き取ると説得し、彼女は母にならない約束で四郎を出産した。そして彼女が本当に子供を置いて去ってしまうと、そのうち許して貰えるだろうと甘い期待をしていた父は酷くショックを受け、旅に出ますと書き置きを残して家出してしまった。 『産んだら気が変わる思うたけど、ダメやったわ。まあ産んで貰えただけラッキーや。おまえの父ちゃんもどうせすぐ帰ってくる思うてたけど、さっぱりやな』 自分に親がいないことに気付いた幼い四郎に、祖父が子供だましの嘘ではなく本当のことを話した時に、祖母はそう言って笑った。 そういう祖父母だったので両親がいなくて可哀想だと甘やかされることはなく、四郎は母のいない寂しさを幼稚園の先生に埋めて貰おうとした。 『皆にはお母ちゃんがおる。俺にはおらんのやから、先生は俺のものになって』 女たらしの父と美貌の母の遺伝子を受け継いだ四郎にそう迫られた先生は、あからさまに四郎を贔屓するようになった。 『先生も四郎ちゃんが一番好き』 うっかり漏らした甘い言葉を別の子が聞いてしまい、保護者にも噂が広まると結局その先生は辞職して幼稚園から去ってしまった。 黒黄龍が真似したのはその時に祖母に言われた言葉だ。一番になろうとするなと言った後、祖母は続けた。 『1番にはもう後がない。終点や。安心せい、お前は婆ちゃんにとって2番や。1番はお前の父ちゃんやけど、一体何処で何しとるんやろな』
/962ページ

最初のコメントを投稿しよう!

227人が本棚に入れています
本棚に追加