第32章 麗しく芳しき妻達

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『なあ、ずっと父ちゃんおらんかったら俺が1番になってまうことない?』 『あー、すまん、忘れとった。2番は爺さんや。3番やったら安心やろ』 順位が下がったことに四郎が安心すると、祖母は言った。 『お前も婆ちゃんのことあんまり好きになったらアカンで。婆ちゃんなんかおらんでも平気な位色んな人から愛して貰え。簡単なことや。おまえが先に好きになればええ。1人やなくて皆のこと好きになるんやで』 そう話した1年後に祖母は亡くなった。アカンと言われても1番好きになってしまっていたからだと思いながら泣いた四郎は、その後誰かと特別な関係になることは避けて皆に愛嬌を振りまいて生きてきた。 「君の五郎は、黒五になって貴人と生活を始めた。良かったじゃないか。もう彼と2人きりになることはない」 胸の内を見透かすどころか何もかも覗き見たという黒黄龍を、四郎は返す言葉なく見詰めていた。 「だが助かったと思う一方で君は私を恨んでもいる。それでいいではないか。そういう気持ちがある限り、君は私を愛しすぎる心配はない。そして私には君より大切なものが沢山ある」 「ああ、奥様は別にいらっしゃるんですね」 「違う。私には今、妻はいない。一緒に暮らしていた貴人はいたが、別れた」 そう言われて青二を思い出した四郎が、この人も孤独なのかと目を合わせると、黒黄龍はゆっくり顔を近づけて来て四郎の唇を塞いだ。舌は絡めずただ重ねて軽く押しつけられただけだったが、微かに漏れ出た黒黄龍の吐息を嗅いだ四郎は、心の中で叫んだ。 (なんやこの人、色んな匂いするけど全部めっちゃええ匂いや。どんな味がするんやろ) するとその心の声に黒黄龍が答えた。 「口を開いてみればいい」
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