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簡単に言われた三郎は、簡単なつもりで剣を構えて振ってみたが、剣は空しく上下しただけで終わった。
「何をやっている、力を込めろ。やはり釣りという例えはよくないな。それより殴る感覚に近いかもしれない。全身の力を剣に移動させ、それを更に剣先から放つ」
そう言うと一郎はまた刀を振って見せた。殴りかかっているようには見えない優雅で落ち着いた動作だったが、さっきより強い光が沼に飛び、さっきより大きな獲物が宙に投げ出され弾けた。三郎は首を傾げたが、全力で殴り掛かるつもりで腕を突き出してみると一瞬剣先が光ったように見えた。
「え、今光った? 気のせい?」
「気のせいではない、それでいい。だがもっとだ。全然力が足りない」
充分力一杯のつもりだった三郎は、弱音を吐きそうになったが、歯を食いしばってもう一度剣を振ってみると確かに光った。でもそれはさっきの光とさほど変わらなかったし、剣先から飛び出すことなく消えた。
「もっと明確にイメージしろ。沼ではなく、すぐ目の前に敵がいると思え」
「わかった」
頷いてそのつもりでやって見たが、やはり上手く行かない。
一郎はしばらく黙って見ていたが、また別の提案をした。
「赤い谷を思い出せ。あそこで見た一番大きな井戸の木。それを切り倒したいと念じてみろ」
「赤い谷……」
目の前にある灰色を遮断する為に三郎が目を閉じると鮮やかな赤が蘇ってきた。
赤い植物、赤い獣、井戸の木から吹き出る赤い水。
その赤い水を思い描いた時、衝動を感じた。
赤い水が欲しい。木を切り裂いて、今すぐ全身に浴びたい。
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