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辺りにその声は響いた。無論誰もいないし聞いてない。
「私はお前に夢を諦めて欲しくないんだ。こんな私が生きてても、また人を殺して、もう嫌なんだ。いつも言ってたよな、医者になりたいって。」
「でもおれは試験に落ちたんだ、こんなやつ誰も雇ってくれないさ。」
「このバカ兄貴!」
初めてだ、妹に怒られたのは。荒らげた声が感情を揺さぶらせる。
「私が小学生のとき、ひどい病気になって、それを治したところを見て、同じようになりたいって言ってたよね?……見損なったよ。かっこいい兄貴だって思ってた私も馬鹿だったよ。」
夢か、そういわれると痛い。現実ってのは思い通り行かないもんだと思い知った。そう錯覚していたのはおれかもしれない。妹は今、思い通りの世界を自分で創ろうとしてる。おれはなにしてるんだろう?
「だけどな、お前を殺したら、おれは後悔する。だから殺ってくれ。」
中身のない欲でできた言葉を投げた。
「大丈夫だよ、ここで私が死んでもその記憶はお前には残らない、でも私には残るんだ。だから、せめて最後くらい、誰かのために戦いたい。その相手が自分でも。自分をこの世界から薙ぎ払いたい。」
「だけど……。」
妹は手のひらで会話を止めてきた。
これはどちらに勇気と愛があるかの戦いなんだろう。そんなおれは夢の中でさえ勇気を出せなかった。死んだらどうなるんだ?と、ふと思った。もし天があるならおれたちは救われるだろう。けどなかったら……。そんなの考えても無駄なのかもしれない。救われると思った方がよっぽど楽だ。
「これ、受け取って。これを大切な誰かに渡してほしいの。」
そう言って妹が渡してきたのはゆきのストラップだった。
「なあ、最後にして欲しいこととかあるか?……私はある。最後に抱きしめて欲しい。」
そのことばのあと、刹那の猶予もなくそこに居た。……妹は暖かかった。……ただ、あたたかい。
「これで最後なのか?」
「うん、そうだよ。」
緩やかに踵を返すとひとこと、
「ばいばい、お兄ちゃん……。」と。
そのとき、初めてお兄ちゃんと呼ばれた気がする。これまで手に入れたことの無いような膨大な愛がほんのりと自分を包む。
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