秋晴れの青

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葉子さんが部屋の扉を閉める音が聞こえてきました。 一階の食堂からは「ぶしゅん」とぽんすけのくしゃみがひとつ。   静謐な秋の夜。 僅かに開けた窓の向こうには、いつもより大きく、うさぎがお餅を突いている満月が昇っています。   テーブルのスタンドライトの下で読んでいた本をそっと閉じ、マグカップにふぅ、と息を吹きかけてほうじ茶をひと口。 芳ばしい香りが、口から鼻へと抜けていき、私の心からもすぅっと力が抜けていくよう。   耳を澄ませば聞こえてくる秋虫の声と、葉擦れの音。澄んだ夜風の匂い。 少しひんやりした空気が肌に触れて。 夜空にタツ子さんの笑顔を思い浮かべては、やっぱりまだ鼻の奥がツンとしてしまい、ゆっくりと深呼吸。 「ハルちゃん。休み休み一緒に行こう。時々振り返るのも良いのよ。振り返って、泣いて。何にも悪い事じゃない。振り返っても、一歩進んでも、必ず夜が来て朝が来る。心に感じた事や、毎日見た事、ぜーんぶ抱えて、最後にみやげ話にあっちに持って行けばいいのよ。死んじまった人たちが見られなかったもの、感じられなかったもの、ハルちゃんが一杯抱えて話してあげるの。私もね、ひとりで逝っちまったあの子がびっくりするような余生を全うやろうと思ってるの」 そう言ってタツ子さんは、長男さんの助けもあって「おばあの野菜カフェ」を開いたのです。 亡くなった次男さんへのみやげ話にするんだと仰っていた、あの頃の笑顔。 きっと心に付いた傷なんて癒えているわけはないけれど、それでも周りの人達、お客様の中での笑顔は本物だったと思います。 ここで食堂をする私がそうなのですから。
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