2 気になるマスター

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 うつうつとしながら、車を運転して温泉のある山から麓へと下りた。  この谷合の盆地には、小さな田舎の町並みが広がっている。特急が止まるJRの駅もある。  僕の住む山の中へは、また別の山道を10分ぐらい登って行くのだけど、買い物があるときは、この町のスーパーやコンビニで済ませていかなくちゃならない。  山の中には食品や日用品を買える店がないから。  JRの駅の前には、銀行や文具店、数軒の飲食店もあって、それなりに中心街っぽくなっている。  その中に、ずっと昔からある古い喫茶店が一軒。  カフェ、じゃなくて、喫茶店だ。古い2階建て民家の1階に造られ、木の枠の格子になった渋い色のドアなんかがいかにも昭和レトロな佇まいだし、何より、看板にもしっかり書かれてるんだ。   『喫茶 珈琲亭』って。  その店は、僕が物心ついたころからそこにあって、ずっと変わってない。  電車で高校へ通っていたころは、毎日のように前を通っていたわけだけど、実を言うとまだ一度も入ったことがなかった。    どうして今になって急に入ってみようと思ったんだろう?   自分自身がカフェで働き始めたから、地元の喫茶店が気になったのかもしれないな。  今はもうすっかり日が暮れた時間で、あの温泉カフェのランチタイムみたいな慌ただしさはないはずだから、別の意味でカフェの雰囲気を味わえるんじゃないかと思った。
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