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気だるそうに倒れているあずちゃんに代わって、私が玄関に向かう。鍵を開けて入ってきたのは、やはりスーツ姿の兄貴だった。
「……また来てるのかよ」
兄貴は私の顔を見るなりうんざりしたような表情を見せた。そりゃそうだ。新婚の家庭に度々現れる妹にいい気はしないだろう。私は奥様気取りで兄貴の煙草臭い上着と鞄を受け取った。
「お邪魔してます、旦那さん。あのさ、私昨日彼氏に振られたの。来週のクリスマス、二人でここで過ごすんでしょ? 私ひとりぼっちだから、お邪魔させてもらってもいい?」
「いいわけないだろ。新婚だぞ、気を使えよ。……お前、その声どうした」
「だからこれは、一人カラオ……」
思い出したせいで、また豪快に咳が出た。はっとして見ると、兄貴は鬼のような形相をしている。これは本気で怒っている。
「……ふざけんな。梓は妊娠中だぞ。風邪っ引きは帰れ」
マスクとリュックを持たされ、私はマンションを追い出された。
そりゃそうだ。別に風邪を引いた訳ではないが、もし本当にこれが風邪に発展したら母体に障る。……ごめん、あずちゃん。だけど、ひとりぼっちで寂しいという気持ちが勝ってしまったのだ。
とぼとぼと歩いていたら、スマートフォンが震えた。あずちゃんからのチャットだった。
『クリスマスのこと、もう一度恭介に相談してみるね。私は構わないよ』
あずちゃんはいつも優しい。どうにか兄貴に取り合ってくれるようだ。でも、私にもほんの少しくらい良心というものはある。とりあえず彼氏のいない元同級生にでもクリスマスの予定を聞いてみよう。
……ああ、でも。
満たされない気持ち。
きっとあずちゃんと居ても、他の友達と居ても、この寂しさは満たされないだろう。
私は虚しい気持ちに襲われながらも、手当たり次第に友達にチャットをしながらアパートへと帰った。
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