ワン・ホール

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  *  クリスマスの夜は、恨めしいくらいに街中がイルミネーションに包まれ輝いていた。  行き交うカップル一組一組に呪いの言葉をかけたい気持ちだった。私はあたかもこれから彼氏と待ち合わせ、というテンションで駅へ向かっているが、実際に行くのはあずちゃんの家である。あずちゃん夫婦に迷惑をかけておきながら、どうせ気持ちは満たされないであろうというネガティブな気持ちが充満していく。  歩いていると、ふとケーキ屋さんが目に入った。  豪華なホールケーキが並んでいる。彼は夏の私の誕生日に、要求通り珊瑚のネックレスと、ワンホールケーキをどんとプレゼントしてくれた。それはまだ付き合い始めだった頃の甘い恋愛。  あずちゃんに、料理とケーキはこっちで用意するから手ぶらで来て、と言われていた。私はケーキから目を離し、駅へと向かった。 「あれ、兄貴は?」  あずちゃんの家に着くと、あずちゃんは一人で私を出迎えた。もう十八時を過ぎていたが、兄貴の会社はさほどここから離れてもいないのにまだ帰宅していないらしい。 「トラブルがあって残業だって。……今日は帰らないかも」  兄貴がIT業界で働いているのは知っていた。この業界はブラックだとはよく聞くが、クリスマスまでもそんな状態なのか。あずちゃんの、しょうがないよと言って笑う顔がなんだか切なく見えた。  あずちゃんはローストビーフにシチュー、帆立のカルパッチョなど、荷重の体にも関わらず手の込んだ料理を用意していた。  大食らいの私がいても、二人じゃとても食べきれない量。ラグビー部だった兄貴の、猛烈な食欲っぷりを思い出す。  
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