駆け足の少女

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「綾子、あなたいっつも走り回ってばっかりね」  里子に出された家には、私と同い年の女の子がいました。名前は千絵ちゃん。鼻っ柱が強くて怖い彼女が苦手で、私は彼女とあんまりお話をしないようにしていました。顔も可愛くて村でも人気者で、私には手の届かない存在です。 「あなたは貰われて来た子なんだから、もっとうちの仕事もしてよね」 「ごめんね、ごめんなさい」 「あなたそればっかり。謝ればいいと思っているの?」  初等科五年生の千絵ちゃんはいろんな言葉を知っていて、いつも難しい言葉で私をバカにしていました。私はというと、貰われてきた子という立場から千絵ちゃんに何を言われてもうつむいて謝ることしか出来ないでいるのです。 「とにかく、出来ることを探してよね。うちだってそんなに裕福じゃないんだから!」  そういうと千絵ちゃんは私を軽く小突いて自分の部屋に戻っていきました。  私の部屋は物置の片隅で、寝るのもご飯を食べるのも物置です。離れた居間から千絵ちゃんの家族の楽し気な声が聞こえてきても、私はそこに混ざれない。仕方のないこと。私は捨てられて、このおうちに拾ってもらった子なのだから。  家族の声が聞こえなくなったころ、私はそろそろと足音を忍ばせて食器を片付けます。そうして冷たい布団に潜り込んで、朝が来るのを待ち焦がれながら眠りました。 「いってきます」  朝になるとだれにいうでもなくそういって物置を飛び出すのが日課。  赤く色づいた木々の下を駆け回るのが好き。きれいな声で歌う鳥を追いかけるのも楽しかった。緑のにおいを吸い込んで走るのが、幸せだった。走っている時、私は私でいることができました。
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