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走って走って、藪の中に飛び込みました。背の高い草木が私のほほを乱暴になでます。それでも構わずに、暗い藪の中を一生懸命走りました。藪を突っ切るころ、追いかけてくる声も聞こえなくなって私はへたへたと座り込みました。
藪の向こうは小高い丘になっていて、私の秘密の遊び場のような場所でした。村を見下ろすような緩やかな傾斜にある丘の景色は、いつだって私の心を穏やかにしてくれました。
だけど今日の私は涙で視界がにごって、その景色すら見ることが出来ません。お洋服の袖が、風に吹かれて音をたてています。
秋の冷たい風が、汗で濡れた全身を芯から冷やしていきました。
けれど、私は――。
流れる涙をぬぐう指も、凍える身体をかき抱く腕も持ち合わせてはいないのです。
パタパタ、パタパタと。
私の服の両袖が、いつまでも風に揺れ続けているのでした。
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