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「当たり前すぎたんだ。その憧れに似た気持ちが。だけど、蓮さんに俺の中の生々しい感情を引きずり出されてしまって。それだけでも混乱していたのに、本物が現れたからもっと纏まらない気持ちになってしまったのだと思う」
そこまで語り尽くすと、黙って耳を傾けてくれていた勇司がゆっくりと口を開いた。
「前から思っていたけど。儀暁君は本当は育ちが良くて、頭も良いんだな。初めてオレが声をかけた時、だらっとしてたけど」
「実家が空手道場で、父が師範なんだ。父は、厳しい人だった。母は、……本当に大事に育ててくれた。でも、……東京出てきて、騙されて、借金作って、……そして、拉致されて、監禁されて、ちょっと色々ありすぎた」
短い期間に怒涛のように押し寄せた衝撃に翻弄されて、まだ消化しきれていないのかもしれないと、儀暁は考え込んだ。
「蓮との間にあったことは思い出したの?ショックで忘れていただろ?」
「そっちはきっかけがあると少しずつ記憶が戻ってくる」
「それは思い出したくないこと?だよな?」
尋ねにくそうに聞いてくる男へ、「けど、思い出した方がいいような気がする」と返答した。
「……実は、今日、儀暁君と話したかったのは蓮のことなんだ」
やはり勇司は自分に何か用があったのだと、今度は勇司の話に耳を傾けた。
「ヤツが儀暁君にあの時計を託したのは、蓮の中に特別な理由があったんだと思う。ヤツの狙いが何なのか分かれば、メモリーカードのパスワードの問題も解決するんじゃないかと」
でも、と勇司は冷めてしまった紅茶のカップをもう一度手に取り、その白んだ湖面に目を落とした。
「儀暁君の話を聞いたら、それを思い出そうと努力することが、君にとっていいことなのかどうか……。諒に、ムリさせるなって言われてたのにな、オレ」
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