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パラリーガル 第3章
中松兼広に声をかけられた時にはひどく驚いた。土曜日の朝は一駅先にある喫茶店でモーニングを食べる。そこで、次にとる資格試験の勉強するのがここ数年の習慣で、その日も新たに臨床発達心理士の資格取得に向け、気を取り直してテキストを広げていた。気を取り直してというのは、前日に届いた不採用の通知に落胆していないわけではなかったからだ。求人の少ない職種を選んだという覚悟はあった。だから何社でも受けるつもりだったし、臨床心理士の資格だけでどうにかしようとも思っていなかった。だが、最終面接まで辿り着いたカウンセラー職には、それなりに期待してしまっていたし、病院への就職を逃したダメージは小さくはなく、新たな勉強へと志気を高めるのは労を要した。
「筧口深景さんですね?」
肯定すべきか逡巡する。
「やはり覚えていませんか?臼井記念病院の人事部の中松です」
「……ああ、この度は……面接して頂きありがとうございました」
奇しくも不採用通知が届いたばかりの病院名を耳にし、まごついた。ましてやその人事部長と再会するとは、気まずさしかなかったが、話を聞いているうちに、中松がたまたまこの喫茶店に居合わせたのではないと理解した。
「実は、私は筧口さんを採用したいと考えておりましたが、どうも上がね……。詳しいことは立場上言えないのですが。偶然ではありますが、以前からここで熱心に勉強する姿をお見かけしていましたので、個人的にはかなり好印象だったんですよ」
私もこちらのモーニングが好きでしてね、と 中松は頬に笑みを模った。筧口は頬によく馴染んだその笑みへと警戒心が頭をもたげるのを感じた。
中松は筧口が臨床心理士以外にも心理カウンセラー関係の資格を複数取得したいと考えていること、また就職活動が難航していることを心得ているようだった。人事部長という役職としてはその程度の洞察力は当然なのかもしれない。
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