パラリーガル 第1章

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 病院勤務している人間のコレステロール値ではないわね、と妻に言われるほどに、自分の健康管理をおざなりにしている、そういう自覚ぐらいはある。  しかし、このまま無事に定年を迎えることを考えれば、多少の慢性胃炎や肥満は目を瞑らざるを得ない。事務局長の麻雀のお相手をしながら院長への愚痴の聞くなど通常業務に過ぎず、せっかく新規採用者の選抜に目途がついてきた時期に、院長が懇意にしている人物の採用をねじ込んできても、二つ返事で対応しなければならない。  中心市街から私鉄で三十分程度。駅前の商店街を抜け、地元の子供たちが通う学習塾や家族経営の喫茶店も通り過ぎ、大通りを渡ると勤務先の病院が鎮座する。  中規模の総合病院で事務職に就いてから、二十年ほどで経理部と人事部の兼任部長になった。が、それは院長や事務局長の太鼓持ちの別称であった。疲弊と諦念をないまぜにした日常で、しかし自分が摩耗していく感覚は徐々に麻痺し、気づけば定年退職まであと五年である。  先が見えると意外にこの職場へ執着心も強くなる。考えてみれば、院長や副院長、または事務局長の便宜で助かったことも過去にはあった。もっともこの執着は、職場に対する愛着や感謝というより、一定の稼ぎを家に持ち帰るという役割を全うし、妻や娘たちから非難を受けずに老後を過ごしたいという自己保身の方が強いのだが。  来年子供を産む予定の長女は、夫の薄給を嘆いては実家に顔を出す度に工面を乞う。下の娘は部屋に引きこもるか、ネットを通じて男ができればその家に入り浸るか、リストカットをして病院に入るか、といった繰り返しである。  父親としての役割はそれなりに果たしてきたという自負はある。大して勉強熱心でもない長女を大学まで出し、男にしか興味のない次女が通わない専門学校の学費を出してきた。学生気分の抜けぬまま就職した長女が、どの仕事も続かず転職を繰り返している時、院長の紹介で法律事務所の緩い事務職を見つけてやった。次女が手首を切る度に、誰にも噂が流れぬよう、病院の伝手(つて)で他の小さな病院の個室に入院させてもらっている。
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