第8話 教育実習生

35/38
前へ
/340ページ
次へ
 ふと、思い出して聞いてみた。 「そうですね」  将之が、あの時のことを思い出していた。 「あれは僕の取引に応じる気があるかどうかの確認の意味で、聞いただけです。聞いたところで、特に何をする気もないですよ。今回は、本当に穏便に済ませるつもりです」 「……そうか」 「あくまで『今回は』ですけど。二度は、ないです」 「……」  やはり、まだ完全にいつもの将之という訳でもなさそうだ。 (こいつが、穏便に済ませてくれて良かったのかもしれない)  知己は少し思った。  自分の目の前で、180㎝対190㎝の大男の殴り合いにでもなったらと思うとぞっとする。  二人とも武道の達人同士。  知己に止める術はなかっただろう。  しかも、その原因が自分だなんて。 (ありえないとは思うけど)  体躯に恵まれて肉弾戦を得意とする阿波野に、万が一にでも将之が怪我するのも怖かった。 (穏便に済ますのは……)  阿波野の為ではない。  事を大きくしてしまえば、知己のことに触れないわけにはいかない。 (先輩の為なんですけどね)  将之はあの場面で阿波野に殴り掛からなかった自分を褒めた。 (本当は、内臓が引き千切れそうなくらい腹立たしかったんですよ)     
/340ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1301人が本棚に入れています
本棚に追加