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ふと、思い出して聞いてみた。
「そうですね」
将之が、あの時のことを思い出していた。
「あれは僕の取引に応じる気があるかどうかの確認の意味で、聞いただけです。聞いたところで、特に何をする気もないですよ。今回は、本当に穏便に済ませるつもりです」
「……そうか」
「あくまで『今回は』ですけど。二度は、ないです」
「……」
やはり、まだ完全にいつもの将之という訳でもなさそうだ。
(こいつが、穏便に済ませてくれて良かったのかもしれない)
知己は少し思った。
自分の目の前で、180㎝対190㎝の大男の殴り合いにでもなったらと思うとぞっとする。
二人とも武道の達人同士。
知己に止める術はなかっただろう。
しかも、その原因が自分だなんて。
(ありえないとは思うけど)
体躯に恵まれて肉弾戦を得意とする阿波野に、万が一にでも将之が怪我するのも怖かった。
(穏便に済ますのは……)
阿波野の為ではない。
事を大きくしてしまえば、知己のことに触れないわけにはいかない。
(先輩の為なんですけどね)
将之はあの場面で阿波野に殴り掛からなかった自分を褒めた。
(本当は、内臓が引き千切れそうなくらい腹立たしかったんですよ)
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