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ゆるゆるゆるり、ゆるゆるり。
人間の世界にはない素材で作られたそれは見事な扇を優雅に仰ぎ、彼はすぐに断りの言葉を喉の奥に待機させたような気がした。
「白葉さま結婚して!」
「お断りいたします」
早い。笑顔で即断られ、驪明はフグのように頬を膨らませる。
いつもいつもこれだ。
何十回、何百回と驪明は本気で言っているのだが、白葉は取り合ってはくれず、こうやってさらりと断る。
悲しくて唇を尖らせるのだが、その表情はただむくれている愛らしい少女のようで、大人の女性にはとても見えないだろう。
涙を眦に浮かべたって頭を撫でられるだけで、驪明は気持ちを落ち着かせようと、自分のために用意してくれたのであろうお茶とお茶請けに、手を伸ばした。
「……美味しい!」
「ふふっ、それはよかったです。今の時期にあったお芋の餡と、そちらは栗の餡で……驪明さまはこういうのがお好きかな、と、思いまして」
ほどよい甘さに頬を綻ばせた驪明は、美しい所作でお茶を口に運んでいく。
こういうところはきちんと躾られたのだと分かるもので、じっと自分を見つめてきていた白葉に、彼女は小首を傾げた。
「私の顔に、なにかついていますか……?」
「あっ、いいえ。ただ、幸せそうに食べるのだなと、そう思っただけです」
そんな顔をしていただろうか。
瞬きをした驪明は、秋の香りにゆらゆらと身体を揺らし「そうだ!」と手を打ち付けた。
「白葉さま、紅葉を見に行きませんか……?」
きっとこの緑豊かな国のもみじは素敵だろう。
胸を躍らせくいっくいと白葉の着流しの裾を掴んだ驪明は、返事を聞かずに寝殿の正面へと駆けていく。
こうなっては、ついて行くしかない。驪明をひとりで歩かせるのは、よくないことなのだ。
「分かりました。分かりましたから、少し、お待ちください」
「待てません! 早く、早く白葉さま……!」
「……あまり言うことを聞かないようであれば、お父上に……驪珀さまにご報告さしあげますよ」
笑顔で言い放つ白葉に、驪明の頬がひくっと引きつる。
父である驪珀。
彼はとても厳しく怒らせてはいけない人物で、母である漓朱が止めに入らなければ、驪明は日が変わってもなお、叱られ続けてしまうのだ。
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