月見の塔と沼の異聞

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1000夜目の夜。 想いに反して、何の夢も見なかった。 いや、ずっと忘れていたことを 想いだしたのだ。 この横に眠る醜かいな姿をさらす 金持ちの老王。 この男の女となる前に 私には契りを交わした男がいた。 王が私を見初めたと聞き、 男に告げた。 私の事を死ぬほど愛していると 言っていた男は、何も言わず去った。 それは若い女としては当然の事。 美しさを武器にする この私にとって 当たり前の事、ただそれだけの事だった。 そして、醜いその老王の 慰み者となったその夜から、 それが始まった。 999日の間続く、あの夢を見始めたのだった。 ありとあらゆる方法で、 繰り返される、私が殺される夢。 首を絞められ、崖から突き落とされ、 突かれ、切られ、つぶされる。 あの男が、あの始めての夜に 王に貢がれるその夜に その寝室からはるかに見える あの深き沼に身を沈めたと聞かされたのはいつだったか。 老いたる老王の慰みものになろうと 金と権力を得られれば 何不自由なく暮らせれば それが、人生の最終目的だと思っていた。 それこそ、自分の望みであると そう思っていたその時に 最後の1000日目の 夜に何を見るのか?そう思っていたその時に、 それが届いた。 あの男の名前の記された 古びた箱の届け物。 あの男からの最後のプレゼント。 それを開けた後、 美しき女は高き塔より その身を投げた。 落ちつつ、じっと沼を見ていたと人の言う。 1000日目の夜に思い出したのは、 自分の欲していたのが、 実はあの男であったとか、 もう二度と得られぬ事に気づいたとか。 女の堕ちたその部屋で、 何も入っておらぬ箱の中を ただ覗き見る男たちには 何もわからぬままであった。
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