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それは秋も終わり、冬に差し掛かる日のことであった。大手の建設会社の社長である伊藤氏は来年の夏頃にオープン予定の娯楽施設の建設に向けて着々と準備を整えていた。すでに土地は買収しており、計画書さえ通ればいつでも工事を始められた。いつものように、机に向かい多忙な書類に目を通し、判を押していると、
「社長。ちょっと、よろしいでしょうか」
計画書の入った分厚いファイルを手に社長室に入ってきた秘書が、それとは別に一通の封筒を差し出した。
「これは?」
伊藤氏は差し出された封筒を見て首を傾げた。会社に届く封書は全て一度、秘書を通すことになっている。伊藤氏のように会社の社長ともなると届く手紙は多彩で、その全てを個人で整理している時間がないからだ。伊藤氏の手元に届く手紙というのは数が知れているが、秘書が持ってきた封筒はちょっと、様子が違っていた。
その封筒は他のより色あせていた。まるで、何年、年十年と時間が経過したかのように。上から触ってみるとカサカサと何か硬い物が指先に触れた。四角く、薄く、硬い物だ。封筒には伊藤氏の宛名だけで送り主の名前はなかった。伊藤氏は気になり、その場で封筒を開けてみる。中から出てきたのは、一枚の古いメンコだった。縁が銀色で見得を切っている歌舞伎役者の浮世絵が描かれていた。今時、メンコなど珍しいが特に貴重と呼べる代物ではなかった。よくある量産されたメンコだ。ただ、封筒と同じように古いものであることに違いはないだろう。
しかし、なぜメンコなんかが封筒に入っていたのか。他に何かないか。伊藤氏が封筒の中を見てみると他にも三つ折りにされた手紙が一通入っているのを見つけた。
幼く、きれいとは言いがたい字で手紙は綴られていた。
「これは・・・」
伊藤氏は手紙に綴られた内容を見て、目を丸くした。
『----みらいのボクへ----』から、始まるその手紙は幼き日の伊藤氏が今の自分に向けて書いた手紙であった。鉛筆で色濃く書かれ、所々手が触れて掠れている文字は昔の彼が夢中になって手紙を書いたのを伺わせた。
手紙の内容は些細なものであった。今の自分がどんな仕事をしているのか。父親のように誰かの為になる仕事をしているのか。何か困ったことがないか。困ったことがあるなら、幼き日の自分が一番の宝物にしていたメンコを使って----と。
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