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「----社長、大丈夫ですか?」
秘書に呼びかけられ伊藤氏は目を覚ました。
思い出した、あの時の不思議な店と狐の面の人のことを。今のいままで、忘れていた。当時、大切していたメンコを怪しい彼に言われるがまま、封筒に入れてしまったことも。こうして、手紙は約束通り、五十年の時を超えて伊藤氏の手元まで届いた。
過去の自分からの贈り物。まさか、本当にそんなことがあるなんて。
嘘のようなことに伊藤氏は驚きを隠せなかった。当時の事情を知らない秘書からしてみれば、瞑想に耽る伊藤氏が心配だったのだろう。
「大丈夫、大丈夫だ。ちょっと、昔のことを思い出していた」
そう言って、秘書を安心させた。
(そういえば、その時、狐の面の店主が言っていたな)
当時は手紙の代金はいいと言っていた。その代わり、少年時代の思い出を届けた先でお代はいただくと。
どういうことなのか。封筒には特に何かを催促するような手紙は入っていなかった。入っていたのは思い出だけ。それに狐の面の人はどうして、今になって伊藤氏を調べて手紙を出したのだろうか。もっと、早くに出してもよかったはずなのに。
色々と気になることもあるが、いつまでも思い出に浸っている時間はなかった。元々、今日は計画書を確認して役場に提出しなければならなかった。秘書が脇に抱えていた分厚いファイルを受け取ると、伊藤氏は気分を切り替えて計画書を確認した。何十ページにも及ぶファイルに目を通して、あとは立地条件を確認するというところまで来て、彼の手は止まった。
「これは」
「いかがなさいましたか?」
「ここ、森に少し触れているようだが」
「そこですか。区画の関係上で、そこは駐車場になる予定です」
立地の区画に目を通すと、区画の一部が近くの森に触れていた。森を全て切り開くという訳ではないが、それでも森の一部は潰されることになる。
「住民の中には、それに反対する人もいまして」
秘書は付け加えるように言った。
「反対する人がいるのか」
「はい。そこは神聖な森だから手出しをするなと」
「・・・そうか」
伊藤氏は溜め息をつくと筆立てから赤いボールペンを取り出し、そこの区画に×印を書いた。
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