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「会社で急遽一人、休職することになったんだ」
夕食の洗い物をしてくれていた昂くんが、キッチンから声を掛けた。
ダイニングテーブルを拭いていた私は顔を上げ、「急遽っていつ?」と詳細を促した。
「今週来週はもう時短で引き継ぎ。有給とかで調整して今月一杯かな」
「本当に急ね。どうしたの?」
「鬱だね。ここ数か月、ちょっと不調が続いていて遂にって感じ」
「昂くんに影響ある人?」
「すっごくある。俺の仕事の営業担当だから、多分忙しくなる」
転職から7年目、34歳。メーカーで技術職の彼は、普段20時には家に帰ってきてるような人。
そこまで遅くなるようなこともなかったけれど、今週に入ってから遅くなる日が続いている。
「その人の分のお仕事も回ってくるの?」
「うん。他の営業が行くより俺が説明した方が早いものが多くてね。量もそうだし出張も増える。取り敢えず明日福岡に泊まることになった」
「明日……」
水の音が止まった。カウンター越しに視線がかち合って、私は驚きと寂しさを重ね合わせた顔を作る。
「そんな顔するなって。何人かで分担するし、負荷が掛かり過ぎないように調整もするから」
「でも、暫くは続くんじゃないの?」
「まあ……取り敢えず年内は厳しいかも」
「泊まりも増えて?」
「恐らくね」
溜息を吐いた彼の顔は少し疲れ気味で、ここ数日の心労を物語る。
真面目な人だから、きっと必要以上に抱え込んでしまう。大丈夫だろうか。
布巾をすすぎに昂くんの隣に立った。
二人並んでも十分な広さの洗い場。半身をくっ付けて出した水の下に手を翳す。
「無理しないでって言ったところで多少はするでしょうから」
「うん、まあ、多少は」
「引き摺られないようにだけ気を付けてね?」
じゃかじゃかと擦り合わせて布の汚れを落とし、水を止めた。
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