■VIBGYOR

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エレベータを降りてまず左右を見渡した。ドアが2つ。内1つは店名の看板が掛かってる。目的じゃない所。 何もないひとつに向かって行って、一度全身を見下ろしてみた。 前開きのベージュの膝丈ワンピース。ぺたんこパンプス。 くるりとひと巻きしたミディアムボブの髪に指を通すと小指に触れる、真っ赤な石付きのピアス。 最近変えた新しい香水のイランイランのセンシュアルな香りがふわんと漂った。 スマホを出して画面を灯らせる。19時半。着信やメッセージは特にない。 よし、と意気込んでドアの脇のインターホンを押した。 「はい、お待ち下さい」 すぐに返答があって肩に力が入る。明るそうな男性の声。 ガチャリとドアが開き、眼鏡を掛けた朗らかな人が出迎えた。ジャケット、シャツ、ネクタイ、ベスト、スラックス。一見してわかるオセロみたいなバーテンダー姿。 「こんばんは」 「こんばんは。いらっしゃいませ、どうぞ中へ」 受け入れられたことに安堵し私は口角を少し上げ、彼の後について招かれるまま入った。 ドアが隔てて向こうの様子は窺えないけど、話し声が微かに聞こえる。男性の声。 「こちらにご記入をお願いします」 手渡されたボードには入会用の登録用紙が挟まれている。 名前、生年月日、住所、連絡先。 すっかり書き慣れたそれを記入して、一番下にプレイネームを書く欄で止まる。 この場で見せる私の顔に、私の人格に、付ける名前。 さして迷いもせず、『ミオ』と書く。SNSでも使っているハンドルネーム。 「裏面が会員規定です。これまで他のこういったお店は行かれたことありますか?」 「はい。でも単独は初めて」 「そうですか、まあうちはアットホームな雰囲気なので、馴染みやすいと思いますよ。コミュニケーションありきなお店です」 会員規定を一読した。ありがちな内容。嫌がることはしないとか、携帯NGとか。 ここで出会った人たちはカップル入店NGなんてのもある。 頷いて彼にボードとペンを返した。 「確認しました」 「では身分証のご提示と入会金2000円お願いします」 財布から免許と1000円札を2枚出して渡した。免許の両面を見て「ありがとうございます」と返され、しまう。 バーテンダーの彼を改めて見た。 「ヴィブジョーにようこそ、ミオさん。マスターのニコです。よろしくお願いします」
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