天使の分け前

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 昼休みであったが、昼食を摂ることはなく広い学園の中を只管に早足で歩く。建てられてから150年を超える学園の長い廊下は濃いウッドブラウンが艶やかな色味を出すほどに使い込まれた木造だ。陽也の急いた足音も小気味良く響く。それから廊下と同じ柄の螺旋階段を登る。細かな細工が施された手摺りに指を滑らせながら上まで昇りきると臙脂色の天鵞絨のような絨毯が敷き詰められたロビー。その奥にある重厚な木製の扉を開けると学校に併設されているそれとは思えないほど立派な礼拝堂がある。いつもの定位置であるベンチの一番後ろの端。其処で読み掛けの本をぱらり、ぱらり、と捲っていく。本の世界に足を突っ込みかけたところでふわりと、芳しい華のような香りがして、ドキリと胸を高鳴らせた。 「今日はサリンジャーかい?」 隣に腰掛けた綾人が陽也の本を覗き込んだ。その距離がとても近くて甘い甘い華の香りに陽也はクラクラ目眩がしそうだ。 「昨日はミヒャエル・エンデだったよね。また随分ガラリと雰囲気の違うもの読んでる」     
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