~春~

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~春~

 ――黎明の刻。  両腕に瑞々しい花束を抱えて、ぼくは中庭の縁側から、姫さまの屋敷に上がった。その一室はとてつもなく広い。奥まった空間は障子で区切られていて、信頼された女房だけが出入りできる。  ぼくは半開きの障子の前で跪いて謁見の許しを請うた。許す、と御簾越しにうら若い女性が応じる。 「姫さま。本日の花をお持ちしました」 「近う寄れ」  音楽的で滑らかな声が呼ばわる。ぼくは深く頭を垂れたまま、膝だけ動かしてサササッと前へ進んだ。そして手に持った花束を、高く掲げた。  朝に一度、夜に一度。この屋敷の主たる姫宮に花を届ける――それがぼくの仕事だった。  姫さまの女房の一人が内から障子を開いて、御簾を巻き上げてくれる。ほどなくして、手の中の重みが消えた。 「良い花じゃ」 「ありがたきしあわせ」  姫さまのお褒めの言葉に、ぼくは更に深く平伏した。きっと愛らしい(かんばせ)を笑みの形に綻ばせてくださったのだと、想像しながら。     
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