田舎

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 「ありがとう。この本が受験後の楽しみやってん」  涙で、私が何か言葉を返すことは出来なかった。  卒業式。先輩に渡したその本に、手紙は入れていない。それでいいと思う。たまに部活を見にきてくれるときに会えたらそれだけで。  それから先輩は部内、学年内の友達と写真を撮り合い、名残惜しそうに、或いは晴れ晴れしい顔で、ゆっくりと校門へ歩いて行った。  これで、終わってしまう。話しかけるつもりも、話すべき内容ももう無いのに、足が先輩の方への動いていく。  切り分ける前のレンコン丸一本分の距離まで詰め寄ったとき、3年生だろうか、1人の女の子が先輩の元へ駆け寄った。しばらく話した後、先輩は第2ボタンをちぎり取り、その人へあげた。  それを皮切りに学年を問わず何人もの女の子、ときどきノリで加わった男の子が先輩の元へ向かい、最後には先輩の学ランは原型を留めなくなってしまった。  私は案山子のようにただそれを眺めていた。  そのとき、聞き慣れた声がした。気が付くと先輩が目の前にいた。困った奴らやわ、と言って、学ランに群がるムクドリのような生徒たちを指差した。  「田沼先輩……」  言わなくちゃ。言葉がここまで出ているのに。私は川を塞ぐ大岩を除けるようにして、何とか口を開いた。  「先輩、その本、やっぱり貸すことにしてくれませんか?いつでもいいです。また、いつか、返しに来てください」  それが精一杯だった。精一杯の、次に会う約束だった。  「おお、ええよ。そんときに何かお返しするわ」 先輩が笑った。目の前で、一輪のスイカズラが咲いた気がした。  3ヶ月後。先輩はゴールデンウィークに村へ戻って来た。  部活に顔を出してくれたとき、私に言った。 「あの本、まだ借りとってもええかな?次会うとき返すから」  それから、会うたびに先輩は何か理由を付けて本を借りたままにした。  一年後、本が返ってきたとき、そこには桜色の便箋が挟まれていた。
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