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澄み切って心地よく晴れた日だった。
「貴臣」
待合室で背中に投げられた声は、振り向かなくともわかる年老いた声だった。父親の隣に並ぶ百合さんは、相変わらず若々しく向日葵のように笑っている。
「生まれたんですか?」
「ええ。部屋に居ます」
「そうか。先に行っているぞ」
「はい」
二人の去って行った道には、幸せの小さな花たちが散らばっているように見えた。思わず頬が緩む。もう一人ではない。常に強くいなくて良いと教えてくれた人がいるから。
「貴兄!」
手を挙げて近付いて来る姿は、もう幼い弟ではない。声も低くなり、男の色気も手にした匠を女はほってはおかないだろう。
「父さんたちももう来ている。早く行け」
「貴兄は行かないの?」
「ああ」
「___早く来てね」
早足で去って行く背中を見送ってから、待合室から見える新生児室を覗く。ガラス窓の向こうには、生まれたばかりの赤子たちがたくましく声を上げて泣いている。新しい命の誕生の瞬間、何故か他の子たちが一斉に泣き始めるらしい。こちらの世界は素晴らしいと、頑張れと泣くらしい。以前なら馬鹿馬鹿しいと思っていたが。
「パパ!」
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