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彼女は僕の前で、無菌衣の袖口のボタン。赤と緑のボタンを長押しした。ぷしゅうという音を立てて、彼女の無菌衣は背中が開いた。僕の目の前で彼女は無菌衣を脱ぎ捨てた。蛹から羽化する蝶のようだった。
透き通るような白い肌。儚げな銀色の髪。――それは日光に当たらない無菌衣を着た人間の一般的な特徴らしい。でも自分以外でそれを見たのは初めてだ。それも異性のものは。薄桃色のブラジャーに包まれた胸部の膨らみ。縦長のおへそ。つきだしたお尻。細長い脚。少し痩せすぎた、儚げな印象を醸し出す彼女の真の姿に、僕は釘付けになった。一晩で咲いて散る、美しい花がある。月下美人。彼女は、その花そのものだった。
「ほら、あなたも」
僕の口元を指でなぞり、震える声でそう言った。
――そして、僕らは一糸まとわぬ姿となって、互いに互いの口を吸い合うようにして舌を絡め、指を絡めた。フローリングの床を、ごろごろと転がりながら互いの背中や胸をさすりあった。血管に流れたことのない量の血潮が満ちて、下腹部が熱を持つ。
彼女は笑った。生まれたての姿に似合う屈託のない笑み。
「ねえ、心臓がすっごくはやく動いてる。――あなたも?」
そう言って僕の武骨なくせに、弱弱しい色をした右手を胸の膨らみにあてがった。左の乳房。人肌の温もりと柔らかさの奥から命を歌う鼓動が聞こえる。二つの鼓動が共鳴し、互いに競い合うようにリズムを早めて行くのが分かった。それを感じて僕らは、噛み締めるような笑みを鏡合わせのごとく同時に漏らした。
彼女が首筋にピンク色の舌を這わせた。
かすかに粘りを帯びた彼女の唾液が、僕の骨の浮き出た皮膚に照りを与えた。やがて声を出して笑って、泣いて。
僕らは、月夜に照らされながらじゃれ合う猫の番になった。
好奇心は猫を殺す。
その言葉の意味を、このときの僕らは忘れていた。
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