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――オーディオカスタマイズされた車体に、ジャンク品の音楽プレーヤーを繋げた。イヤホンジャックを差し込むとともにぶつりと音がした。バイクのオーディオシステムを作動させるのは、少し久しぶりだ。ノイズが数度入った後に、荒々しいギターサウンドが食いこんできた。
「“White Baby”ね」
「全シングルが入った、KAORIが最後に出したベスト盤だ」
「もう私たち、“White Baby”じゃないけどね」
「違いない」
腹を抱えて笑いながら、車体に跨るふたり。
マフラーの音と爆音で鳴らすKAORIの楽曲。早朝からなんとも近所迷惑なカップルの登場だ。見た目は上から下までカーキ一色のアンダーウェア。僕らを見て周りは、沸き起こる笑いを抑えきれないだろう。――でも僕らにはそんなこと関係ない。
「あなたは神に恵まれただけ――なんて綺麗ごとは糞くらえええええっ!」
彼女が背後で歌詞の一節に合わせて叫んだ。
それに「ホウーッ!」などとファルセットの合いの手を入れて、アクセルをふかして法定速度を超えていく。交通量の少ない夜明けの街を走るのは痛快だ。
恐ろしく速く流れる電柱や街頭。そして街行く人々。
そして、僕らは街中を外れてさらに交通量の少ない山間へと入っていく。
「どこの海に行くのーっ!?」
「このまま山道を抜けて北上するーっ!」
ヘルメットをしているうえに、車体は揺れ、爆音の音楽とエンジン音。僕らは互いに大きな声で叫ばないと意思疎通ができなくなってしまった。排気ガスと、清浄度の保たれていない外気は、僕らの喉をじくじくと刺した。
それでもフィルターや、無菌衣の陽圧に阻まれていない空気は、ずっと美味しく感じた。スピードに逆らって皮膚を撫でる風も、すべてが心地いい。――やっと生きることを許されたかのような感触だった。
山道にはところどころ枯葉が落ちていた
それがそのまま風に誘われて森の中へと溶けていく。少しずつ、風の吹いてくる方向が定まり始めるのを感じた。木々も風にそよがれて揺らめいている。――海に近づいてきている。
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