Track.1 僕らの始まり

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 ステレオスピーカーの音量つまみを最大まで上げる。ジャンク品で買った音楽プレーヤーに繋がれた振動子が唸りを上げる。コンパクトディスクなる前史の円盤から紡ぎ出される音色。  ステレオスピーカーが空気を振動させ、サブウーハーが床を振動させる。――荒削りのレスポールの音色が爆音で流れてきた。なんとも男臭い音色。その演奏に切り込んでくる声は、蹴たぐりつけるようなハスキーな女性の声。――いつ聞いても彼女の声は、背骨を電撃が走るようだ。  無菌衣(ベール)越しに伝わる音色はどこか曇っている。  近所迷惑も甚だしく、最大音量でスピーカーを震わせるのも、全身を外界から遮断する無菌衣(こいつ)が邪魔だからだ。無菌衣には内部に向けて音を放つスピーカーもあるが、音楽プレーヤー付属のイヤホンがあまり音が良くないのと一緒で、大したものではない。なにより、合計10数万円も注ぎ込んだ2.1チャンネルのスピーカーを持っている僕からすれば、そんなもので音楽を聞く気にはなれない。――そんなもの、彼女には失礼だとすら思える。  彼女は僕の初恋であり、最初の失恋。  9年前。彼女は遺伝子手術とともに活動を停止した。  彼女も先天性免疫不全症患者のひとりだ。ライブにも何度か足を運んだが、無菌衣の中身を見たことはなかった。彼女の本当の姿を見たのは、活動資金を使って受けた遺伝子手術が成功し、彼女が晴れて普通の人間となった時だ。  免疫レベルも普通の人間と同じぐらいになり、無菌衣無しの生活を許された彼女の姿。憧れた金色に染めたという髪。まだ青さの残る唇、白い肌。どこか儚げな美しさだった。――この時彼女は28歳。デビューして10年の月日が立っていた。
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