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爆音を鳴らしているのに、後ろでカンナの嗚咽が聞こえた気がした。――少しだけ風に潮の匂いが混じり始めた。
僕はアクセルをふかし、速度を上げた。潮の匂いに喜び、先を急いだのか。後ろで花弁がはらりと落ちるような感触に苛まれたのか。その狭間で心は揺らいでいた。
はやく。はやく。もっとはやく。
――しばらく走ると、道は緩やかな傾斜で下り始めた。いよいよ、海が近くなってきた。あれから会話をしていない。会話をするために声を絞り出す体力が、彼女からなくなったのか。僕の胴体を抱きしめる、彼女の細い腕の感触だけが頼みの綱だ。まだ、彼女の体温は感じることができる。
やがて、海岸線への侵入を阻むバリケードが見えてきた。
見込み通り、金属製のハリボテで、簡素なものだ。向こう側に広がっているであろう岩礁に想いを馳せ、加速した。
「カンナ、しっかりつかまれ」
バイクは唸りを上げ、アルミ製の壁を突き破った。ばらばらと大きな音を立てて、壁同士をつないでいた継ぎ目、地面に固定していた杭が外れていく。車体は、アルミの壁をぶち破って乗り上げて、地面の上を横倒しになって滑った。制御が効かなくなる一歩手前で、僕はハンドルから手を放して、とびかかるようにして背後の彼女の身体を包み込んだ。
僕は彼女を抱きかかえたまま、岩肌をごろごろと転がる。ごつごつとした砂礫に何度も身体をぶつけ、いたるところに擦り傷と打ち身を負った。僕らの前方遥かへと投げ出された車体は、アルミ壁の残骸の上に横転した状態で止まった。
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