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Track.5 僕らの最期
立ち上がろうとすると、彼女はよろけた。僕は慌ててその肩を支える。
「ありがとう。最後までかっこつかないな」
「……なに?」
僕は彼女の発言に耳を疑った。
「最後って」
彼女の狭い額に皺が入って、綺麗な顔がくしゃっと歪んだ。
「言ったでしょ。死ぬなら海がいい。――私はここで死にたいの」
それから壊れそうな笑みをつくった。
「――どうして」
「これから、何日かまだ……生きれるかも知れないっ。――けど弱ってやせ衰えて、吐瀉物や糞尿、血にまみれて、肌は壊死するかもしれない。――私は、美しく死ぬためにここに来た。だから……、早くっ、決めないとっ――いけないの。
この身体が穢れを知る前に」
海にたどり着いて、束の間の精気を取り戻していた彼女。――だけどやはり、彼女は深刻なようだった。陸に上げられた魚のように、息苦しさを訴え始める。声が途切れ途切れになる。
「……私を、海岸まで連れて行って。いくつか、まだやりたいことがある」
僕は本能的に、彼女が死を選ばないとしても、もう永くないと悟った。もともと、無菌衣のない僕らの命なんて、それくらいの儚さだ。
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