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「泣いたりしないでよっ。――決心が鈍っちゃ……うでしょ」
そう言われても、抑えられるものではなかった。
「私ね。――ずっと無菌衣を脱ぎたくて。でも怖くて叶わなかった。だから、誰かを愛して、誰かを……巻き込みたかったんだと思う。
ごめん――私は、自分の人生を美談にしたくて、あなたの人生を犠牲にした……。でもね、でもっ、あなたしかいなかったのっ!
ジャックダニエルの味、牛乳の味、キスの味。あなたの声と体温とっ……、優しさと。あなたでなきゃ、ダメだったの。――でも、それで、あなたは。あなたはっ……」
「僕もカンナじゃないとダメだっ!」
呼吸を乱していく彼女。
それをつんざく様に僕は、声を上げた。
「そうでなきゃ、こんなとこまで来ないだろ。――カンナ。ちゃんと言えてなかったから、ここで言うよ。言い忘れることなんてできないからな。
カンナ、愛してる」
彼女はその言葉を受けて、何も言わずに僕の唇に自らの唇を静かに重ねた。互いに目を瞑り、波の音に聞き耳を立てる。そして、数秒後。互いの唇が離れる時のちゅっという音が耳の中に反響した。
「私もよ。――ありがとう」
立たせてほしい。彼女はそう希った。
何のためかうすうす勘づいてはいたが、僕は拒みはしなかった。――僕は彼女の意思を尊重してここに来たのだから。自分の未来さえも投げうって。
「――どこまでも飛んでく夢だった。そういう歌なのにねっ。自分で立てない……不甲斐ない私が、身の程知らずねっ」
「カンナはカンナだよ。僕はカンナのためだから、未来を明け渡せる。――このあと、そう遠くない未来僕も後を追うことになる。――けれど、カンナ。
僕は、後悔はしないよ。――ぜったい」
そこで彼女が目を細めて笑った瞬間。一筋の川が彼女の頬をなぞった。それを押し殺すように笑顔をつくった。
岩場の先端のその向こう側は少しだけ抉れた崖になっている。海面までの落差はそうないが、身を投げればよじ登って戻ることはできないように思えた。水面はどこまでも濃い青色をしている。
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