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「そーこ、邪魔ですよ」
背後から声が聞こえた。
抗生物質や風邪薬、健康食品が置いているコーナーで僕は後ろから声をかけられた。あまりにも夢中になっていた僕は、肩をビクンとはね上がらせて飛び跳ねた。その驚き様に、その人は噴き出してお腹を抱えて笑った。
「驚きすぎっ」
こもっているが、声色で女性と分かる。体格も男である僕と比べると小柄だ。――だけど、どんな容姿かは分からない。彼女もまた、僕らと同じ身の上だった。無菌衣は個性を否定する。
「――思いっきり聞こえてましたよ。好きなんですか、KAORI」
彼女に鼻歌を聞かれていた。――思わず赤面する。こういうとき、無菌衣は便利だと思う。彼女に僕の表情は見えない。
「え。ええ。好きです。デビュー当時からずっと聞いています」
「本当ですかっ! 私も大ファンなんですっ!」
今度は、彼女が小動物のように飛び跳ねた。
――抗生物質を2日分購入した。合わせてスナック菓子とミントスカッシュも。僕のすぐ後で彼女も会計を済ませた。驚いたのは、タバコも買っていたことだ。
「そんな珍しいですか? KAORIも吸ってましたよ」
彼女は、無菌衣の上からでも僕の表情が分かったみたいに話しかけてきた。――もしかしたら、僕が赤面していたのもバレていたのだろうか。
そして何より、彼女もKAORIの音楽が好きだ。KAORIが活動停止して9年も経つ。コアなファンもいるが、自分の周りでファンだという人とは会ったことはない。――僕は彼女に興味が湧いた。
「あのっ」
「はい」
「よかったら、KAORIのこと、お話しませんか?」
思えば、女性を誘ったのは、これが初めての経験かもしれない。――そう考えると、どうにかなってしまいそうなくらい緊張した。
タバコを吸いかけていた彼女は、それをケースに戻し、首を縦に振ってくれた。心が風船のようにふわふわと飛んでいくのを感じた。あまり魅力的に思ったことはないタバコが、無菌衣の狭い視野を通して僕の脳裏に焼き付いた。
細くて長いそれは、女性の線の細い指を思わせる。――僕の胸に彼女の灰が降り注いで、焦げ跡ができるような感覚を覚えた。
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