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Track.2 僕らの逢瀬
通りに面した喫茶店のテラスで、僕は舌を巻いた。
僕がコンビニで口ずさんでいたデビューシングル“White Baby”はもちろん、活動停止とともに出したベストアルバムまですべて押さえていた。彼女がKAORIのファンであることは、まごうことなき事実だったのだ。
彼女は、グラス注がれたアイスコーヒーにフレッシュを注ぎ入れる。
「フレッシュは、植物性油脂でつくった牛乳の紛い物なの」
「知ってる。――でも牛乳は、僕らには禁じられている」
話しているうちに同年代であることを知り、敬語は解けた。
彼女の名前は、カンナ。花の名前からとったらしい。
花言葉は、“永遠”。――「私たちには縁遠い言葉ね」と唇が笑う。僕は、彼女の顔を知らない。
タバコとアイスコーヒーのために、露出させた唇だけが、僕が知る彼女。
「私たちには、禁じられていることばかりね。――ミルクの味も知らない。タバコだって、私たちの中で吸っている人は少ないわ。みんな、死が来るのを怖がっているのよ」
「カンナは、怖くないのか。僕らは、伝染病に対する免疫がない」
彼女の会話の途中で、僕はまた殺菌灯の光をテーブルに照射した。口を露出させているときは、数十分おきの殺菌灯が欠かせない。
「――怖いわ。でも、思うの。いつまでも怖いだけで生きてちゃダメだって。いつか死ぬという運命は、私たちに課せられた唯一の普通の宿命なの。だから、後悔のない死に方をするために生きたい」
紫煙をくゆらせて、カンナはそう言った。
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